2007年01月31日

ビオやビオディナミと書いてないから美味しい!?

よく、「自然派ワインはビオ(有機農法)とかビオディナミ(生動物力学の方)で造られたワイン」と書かれていたりしますが、それは誤りです。
ビオとかビオディナミはあくまで農法であり、畑の次元の話。
そういった認可を出している団体は収穫までの過程を監視しているだけで、その後の醸造には関与していません。
つまり、醸造の段階で化学薬品や工業酵母(培養酵母)を使っても、ビオやビオディナミで作られた葡萄を使えばビオやビオディナミと表示できるわけです。
それって、ほとんどチョンボだと思いませんか?
そういったワインも自然派だなんて、冗談じゃない!
実際のところ、正当な自然派の造り手にはそういった認証を受けていない人が沢山います。
勿論、ビオやビオディナミの認証を受けている方もいますが、わざわざお金をかけて認証を受けたとしてもそれで味が変わり美味しいワインになるわけではないし…、関係ないでしょう!
むしろ、自然食品のお店等で認証マーク入りのラベルを見ると
「きっと、美味しくないよ。」
と、私達は逆に疑ってしまいます。
本物の(勿論、美味しい!)ワインには、そんなものは一切必要ないのです。

以前、ディディエ バラル(Domaine Leon Barral)に
「ビオなの?」
と尋ねたら、ケラケラ笑われて
「違う違う。うちは昔からの農法、古法さ。ビオって、人が後から勝手につけた呼び名だろう!」
だって。
そりゃ、そうですね。
害のある農薬等がなかった時代には、ビオなどという言葉は必要なかったわけで、その伝統を継承している人達がそんな言葉に従わなければならない理由など、どこにもありませんから。

要するに、正当な自然派ワインには化学薬品(正確にはCO2を除いて)や培養酵母を使わないこと以外に明確な規定はない、というより必要ないのです。
つまり、本当に旨けりゃそれでいい!わけ。
posted by ケイコ&マイカ at 22:27 | Comment(0) | TrackBack(2) | 自然派で乾杯!

ちょっぴり、ショックで、ちょっと寂しい…

一月ぶりに待った歯科診療日、治療がすみ会計が終わる
ころ歯科医から、
「退職したので、今は週3日の診療のみ!」の一言。
こんな素晴らしい歯科医の代わりは、容易く見つかるもの
ではないと常々思っていたので、
ちょっぴり、ショックで、ちょっと寂しい思いを抱いたが、
実は最近他にも退職したり、辞められた人達が周りにいて
寂しさが倍増した感じがしてならなかった。

昨年の秋に勇退した郵便配達夫のダニエル。
1967年より郵便配達夫となり38年の勤続で、
その間1年軍隊へ入隊したから39年。
私達の街では30年間働いたと、最後の配達日の
9月9日に初めて聞いた。
私達は此処に引っ越して以来12年間彼にお世話になった。
高台に住む私達は、郵便局に気軽に行けないので、ダニエル
が来るのを待って、郵便物を頼み投函してもらうことが、
しばしばだった。
彼は毎日午前11時半の定刻に我が家の前をバイクで通り、
大きな声で挨拶してくれた。そんな彼が去って以来、
新しい郵便配達人の顔も知らなければ、名前も知らない。

私達の日本での常宿で、慣れ親しんだホテルが昨年末で
終業した。
フロントのSさんに、いつも良くして頂いたけれど、
私達の最後の滞在日となった日、Sさんの口から
「寂しくなるね」の言葉に胸が詰まった。
次回は何処に行ったら良いのか…

身近な人々で、いつもいて当たり前で、凄くお世話になって
いて、頼りにしていた人達が、身近にいなくなるって、

やっぱり、やっぱり寂しい…。
posted by ケイコ&マイカ at 10:54 | Comment(0) | TrackBack(2) | 徒然紀行

世界中、風邪にはお燗で乾杯!

そうそう、一昨日いきなり風邪をひきそうになりました。
朝起きて、写真で作るビデオの仕事をしていたら、だんだんと鼻水が出てきて、首から背中にかけて寒くなってきて…。
しかたがないので改源を飲んだのですが、あまり効果がでず、夕方になると最悪の状態。

コンピューターの前でゴホゴホやっていると、隣でkeikoが検索したのはなんと、「世界の風邪の治し方百科」!!
いやぁ〜、なかなか面白いもんですね。
色々な国で共通した治療方法は、
1位)断トツで温めたアルコール!!

それなら、っていうことで、夕食は熱燗の晩酌になりました。

私達の燗酒は達磨正宗の三年熟成酒か、新酒の「未来へ」。
今回は三年熟成酒を熱めにしてグィーッ!
ついでだから、もう一杯グィーッ!!

これで効果覿面。
直に汗をかき出し、翌朝には、しっかり治っていました。
posted by ケイコ&マイカ at 01:01 | Comment(4) | TrackBack(2) | やっぱり和食!お酒で乾杯!

2007年01月30日

ネクタイって…

みなさん、ネクタイの起源をご存知ですか。
世界のことば100語辞典ヨーロッパ編(三省堂)という本の中の「ネクタイ(三谷恵子)」を読んでいて、真似事正装作法撲滅主義の私は、笑い転げてしまいました。
ウォルト ディズニーにより映画化された童話がもともと自国のものだと思い、ネクタイをすることが紳士への資格審査だと思っているアメリカ人に、聞かせてやりたいお話です。
以下、一部抜粋しておきますね。
前略
-----「なんだ、あれは?」「あれはcravateというらしい」-----その当時の発音は[kravat]か[krabat]か、はたまた[kroat]だったのか。あるいは、そもそもこんな会話が発端だったのかどうか。何にしても、はじめそれは 'クロワチア人' をさす言葉だった。彼らが特に注目されたのは、首に巻き付け胸まで垂らした布のためだった。冬は防寒着、夏は汗拭きようの実用一途(おそらくはたいして上等でもない)布がどうしてフランス貴族のお気に召したのかはさておき、ルイ14世の宮廷で、ほどなくこの '首巻き布スタイル' はa la Croate 'クロアチア風' というファッションになった。ラルース百科事典で見るとたしかに、ルイ14世時代以後の男性はたいてい首に布を巻いている。cravate----今もフランス語に使われている、「ネクタイ」を意味する語の誕生である。
中略
'名もなき' 民族クロアチア人も、ルイ王朝の貴族達の気まぐれで、おもいがけず歴史に名を残すことになったわけである。
後略

それで、このフランス語のcravate(女性形名詞)がヨーロッパ諸言語に広まり、19世後半ドイツ語からの借用語として、
…自らを'フルヴァート'Hrvatと称するクロアチア人の名称は、紳士の首を締める女に姿を変え、クロアチア語の語彙項目の中に組み込まれた…
そうなのです。

ここで思い出すのがブルゴーニュの友達。
彼は、結婚式の日に義理の親の階段を上がったところにある家の入り口の前で写した写真を見ながら、
「この写真を見る度に、あの日、絞首刑台に上らせられたんだな、と思うよ。」
と、言っていたのですが、それがあまりにも現実味が漂っていて、可笑しくて…。

何故、むきになってネクタイをするのでしょうね?
したってかまわないけれど、しなければならない理由など、元々どこにもないのに…。
posted by ケイコ&マイカ at 22:08 | Comment(2) | TrackBack(2) | 風貌語録

67歳の出産

今月に入り60歳代の女性が赤ちゃんを出産したと、
フランスのテレビニュースで報道されていた。

昨日そのニュースをまた繰り返し、今度は出産した
母親とその赤ちゃんをテレビで見る事が出来た。
スペインのバルセロナの病院で、母親の年齢は67歳、
双子の赤ちゃんで、母乳を吸っている普通の親子の姿
であった。

67歳の出産は普通の常識では考えられない。
普通女性は50歳前後で更年期に入り、更年期障害で
悩む女性が多いのが実情だと思う。

何処かの国の大臣が「女性は子供を産む機会だ!」、
とかの発言も、人間の尊厳を無視した、軽卒きわまり
ない発言で、その人間性を疑いたくなるが、
人の子の親になる事を出産適齢期を無視して、現実化
出来る現代医学を、どう受け止めたら良いのか…。

新たに生まれてきた命に祝福をと言いたいが、
孫、曾孫がいても不思議ではない年齢の出産に戸惑い
を感じる。
産みたくても産めない女性達には、この医療技術は
福音かもしれないが、何が本当の人の幸せなのだろうか…
posted by ケイコ&マイカ at 08:09 | Comment(2) | TrackBack(2) | 徒然紀行

2007年01月29日

自然派の化け物が出た!

昨年一時帰国している間に、ワインを飲める美味しい焼き鳥屋が五反田にあると聞きつけ、お友達の有名なソムリエの方と一緒に、早速行ってきました。
噂通り、ぎたろう軍鶏の焼きものは美味しくて、ワインリストもかなり充実していて、正解、正解のお店だったのですが…。

1本目、自然派の筆頭マーク アンジェリのワインは美味しくてすぐにそれが空いたので、2本目をという時に、私が欲を出しドジをしたのです。
素直にドメンヌ レオン バラルの赤を頼めばよいところを、ディディエ(現当主)のワインはよく知っているからと
「バラル以外で、ラングドックの自然派の赤、ありますか?」
尋ねたところ、お店のご主人がワインセーラーからわざわざ1本探し出してきてくれたのです。
ドメンヌの名も何も知らないボトルだったので、そのまま試してみることになりました。
ここでちょっと前置き。
実は(悪い?)癖なのですが、食べながらワインを飲む時は、あまりワインを味合わずにガブッと飲む傾向が私にはありるのです(日本酒だとそうでもないのですけど…)。
それで、
「それじゃ、頂きます!」
とついでもらったワインをグッと飲もうとした瞬間、
「ゲホッ!」
お店のご主人にも一緒だったソムリエ氏にも申し訳ないことをしたのですが、本当に一瞬吐き出しそうになったのです。
「何これ?自然派…じゃないよね。」
「培養酵母を使って、造ろうとして造ったワインですね。」
というのが、ソムリエ氏の一言でした。
お店のご主人にも尋ねましたが、さすがに使用酵母のことまではご存じないとのこと。
いやぁ、参りました!
確かに、スーパーワイン好みの方ならば、味あり、ボディーあり、コクありで、お気に召すかもしれませんが、でも、自然派の人達と付き合いだしてから、そういうワインって、私、飲めなくなっちゃったんですよ、本当に!(2人でボトル半分もいかないなぁ。)
posted by ケイコ&マイカ at 22:26 | Comment(2) | TrackBack(2) | 自然派で乾杯!

2007年01月28日

減農薬は妊娠間近!?

フランス語で「PRESQUE ENCEINTE(プレスク アンサントゥ)」という言葉を聞くことがあります。
意味は「殆ど妊娠している」ということで、まぁ「妊娠間近」とでも訳せばいいのかな。
要するに夫婦(と言うか一組の男女)に
「子供はまだなの?」
と尋ねた時などに
「今、頑張っているよ。」
と答えるのに使ったりすのですが…。

つい最近、ある自然派の方と話している時に
「あそこのドメンヌはリュットゥ レゾネ(減農薬農法)なんだって。」
と言ったら、その方いわく、
「それって、プレスク アンサントゥと同じじゃないか。」

全くごもっともです。
要するに、「妊娠間近」と言ったって決して妊娠している訳ではないし、いくら減農薬と歌ってみたところで、結局は農薬を使っていることに変わりがないのだから、本質からすればどちらも「意味がない」わけです。

よく、「うちは減農薬を心がけていますので」とニコニコしながら言う人がいるけど、本心は「収入がなくなったら困るから農薬は使いますよ」であって、決して消費者の安全を第一に考えているわけではありません。
もし、本当に安全や品質(形じゃなくて味ですよ)を第一に考えるのなら、きっぱり農薬使用を止めればいい。

みなさん、減農薬ものは農薬入りだということをお忘れなく!
少なくとも、そんなものに特に高いお金を払う意味なんて、どこにもないですよ。
posted by ケイコ&マイカ at 11:21 | Comment(0) | TrackBack(2) | 自然派で乾杯!

何が「美しい国、日本」なの?

現総理大臣の演説を、みなさんはどう思われますか。
元々美しい響きの日本語に不要な英単語を織り交ぜて、その不協和音で「美しい国、日本」はないと思うのです。
前総理はやたらめったら難しい言葉(天孫族系?)を好まれていたけど、今度の方は英語…。
これでは教育の見直しと言っても、良くなる訳がありません。
英語なんか止めにして、まずカタカムナを学べば良いのに…。
「美しい国、日本」は、それこそ英語圏の国の属国ではないのですから。

その点、公用文での英語の使用を禁止できるフランス人の気立ての高さには、ほとほと敬服します。

ところで私には、ある方の話しをテレビで聞いていて、その話し方に本当に感激させられた経験が一度あります。
それは確か、アメリカで数学を教えていらっしゃる日本人教授の方が喋られていた時のことで、その方は時折言葉につまり考えながらも、最後まで日本語以外の言葉を一切使わずに話しきられたのです。
それはそれは、感動ものでした。
それ以来、私もできるだけ日本語を話そうと決めたのです。

外国にいるから日本の良さが目につくとか、或は失いつつあるものへの憧れからではありません。
もっと何か魂の次元で響くもの、細胞の次元で忘れずに覚えていたものへの共鳴で、元々美しい言葉である日本語を話すことに、私は拘りたいのです。
いくら「言葉は生きている」と言っても、「美しい言葉」は自ずと存在するのですから。
posted by ケイコ&マイカ at 10:25 | Comment(0) | TrackBack(3) | 風貌語録

2007年01月27日

国境を越えると、あらら〜!

一昨日、ジェノバで仕事の打ち合わせがあり、昼過ぎに出発、
帰りは午前2時をすぎていた。

ジェノバの飛行場手前で直ぐに高速が閉鎖、サヴォナ方面へ
一般道をトロトロと走ること40分あまり、ようやく高速に戻
れ、あまり車が走っていない道を一気にフランスへ向けて走る。
と、国境の街ヴェンティミリアの料金所の手前にあるトンネル
に、雪注意!の看板が…。
まさか?
と思ったが、トンネルを出ると、そこは真っ白な銀世界。
先行車はなし、わだちも殆どない。
そろり、そろり、と進んで料金所へ。
そして再びトンネルを過ぎフランス側に入ると、
今度はみぞれに近い雨。
モナコの出口で降り、高台のチュルビに行くとまずいかな?
と、下に降りるとエズ・ヴィラージュでは本格的な雪が。
道や車の屋根に10センチは積もっている。
対向車のわだちがこちら側についていたりして、
ああ結構やばそう!

前輪は昨年の暮れから交換しなければと思うほどの状態なので、
取り敢えずマイカは慎重に運転しているようだったが、
一瞬ズルーリ!、
ひやっ!としたが、
マイカを緊張させてはいけないと思い黙っていたら、
あとでマイカいわく、

どのくらい滑るか、試してみたかった!、だって。

とにかく無事に帰って来ました。
posted by ケイコ&マイカ at 02:43 | Comment(0) | TrackBack(2) | 徒然紀行

2007年01月26日

自然はワインを醸さず

私達が本格的に自然派ワインに触れだしたのは、今から2年程前のことで、以後、70名以上の造り手を撮影しています。
そしてその殆どが、美味しい自然派ワインの造り手であったことは、本当に幸運なことだと思います(Velierのお蔭です)。
何故なら、
1)自然派のワインは美味しくないものの方が多い。
2)美味しい自然派に触れ続けることで、短い期間に知らずと工業ワインから脱皮することができた。

何時も思うのですが、自然派のワインは何故あんなに不味いものが多いのでしょうか。
本当に重大かつ深刻、そして残念な問題です。
それでは、何故不味いワインが多いのか?
それは単純に、下手な造り手が多いからです。
ワインが売れない、つまり美味しいワインを造れない人達が、他との違いをだすため(それとも、自分の責任を他に転嫁するため?)に、自然派に移行した例が少なくないのです。
そんな造り手が造ったワインなんて、美味しいと思いますか?
どんなに素材が良くても腕がなかったら、やっぱりダメ!

ワインは造り手次第です。
だから「ワインはそれを造る人の鏡」。
そして、私達が2年に渡り自然派を追いかけることで得た
「自然はワインを醸さず、それを造ってきたのは常に人」
という確信と共に、私達の信念となっています。

ワイン醸造自体、本来は自然に反するこなのですから、まずは馬鹿の一つ覚えのように最初から「テロワール、テロワール」と、それだけがワインの本質のように叫ぶのを止めること。
そして素敵な自然派ワインに出逢った時に、素直に
「うわっ!美味しいね。この造り手、なかなかやるじゃん。自然とうまく共存してる!」
とか褒め言葉をかけるだけで、後は彼ら造り手にお任せする。
これがワインを一番美味しく飲める方法だと思います。
posted by ケイコ&マイカ at 03:13 | Comment(4) | TrackBack(2) | 自然派で乾杯!

2007年01月23日

精華

「生きて、生かさせる」そして「己の欲せざることを人に施すなかれ」。これがジャン・ミッシェル シャルトゥロンの偉大な人間性を示す、人生三つの主義の内の二つである。

…、モンラッシェが世界で一番のシャルドネという賛辞は、ジャン・ミッシェルをちょっと笑わせるようだ。何故なら、全ての味は自然の中にあり、どのシャルドネイがどのシャルドネイよりも良いとは言えない、と彼は考えるのである。…しかし、カルフォルニアのシャルドネイと自らのモンラッシェを比較することになった予期せぬ経験についての熱い話しを終えた時、彼は自らの言葉をちょっと訂正。そして大きな笑みと反論の余地のない自身を持ち、最も賞賛のこもった言葉で語るのである。
「モンラッシェはやはり、全ての中で最高のもの。精華です。」
美しいものは常に簡素なるもの。ジャン・ミッシェルの第三の人生の主義である。
「簡素」、つまりモンラッシェの名のように。
ジャン・ミッシェル シャルトゥロン談)
(「Le Montrachet」 keiko & maika 著より)
posted by ケイコ&マイカ at 04:08 | Comment(0) | TrackBack(1) | モンラッシェに乾杯!

2007年01月22日

確かに暖冬だけど、それだけ?

今年は暖冬だと皆さんが言われていますね。
ここコート ダジュールも、確かに例年より温かです。
でも、本当にこのまま暖かくなっていくのかな?

以前、一年程前だったでしょうか、テレビ(ARTEだったと思うのですが、定かではありません)で、「地球の温暖化現象は氷河期の前兆」という説の解説番組を観ました。
地球が温暖化することで海水の温度が変化し、現在の海流の流れが滞ることで極地から一気に氷河化していく、という内容でしたが、この説にピーン!とくるものを感じました。
もともと、シベリアで凍結したマンモスが見つかる理由の根拠となる氷河説にいささか疑問を抱いていたので、この海流説に尚更何か感じるものがあったのは、事実かもしれません。
でも、ゾッとしますよね、氷河期なんて。
温暖化より始末が悪いでしょう。
私達はスペインのセヴィリアで、摂氏45〜50度の世界を何年も体験していて、暑さの中では生きられること(実際に生きられたし)を知っているけど、寒さの中ではちょっとねぇ…。

まぁ、いずれにせよ地球の温暖化が進めばという話ですから、「クールビズ」とか言いながらお金儲けを考えるような甘い気持ちではなく、もっとちゃんとした対策をとっていかないと、きっと手遅れになるんじゃない?

前回言ったように、
「地球は我々の助けなど必要としていない」
と心底思いますので…。
posted by ケイコ&マイカ at 11:49 | Comment(2) | TrackBack(2) | 風貌語録

2007年01月19日

ピザはヴェンティミリア!

イタリア広しと言えども、ピザはナポリ!と聞いた事があった。
いざナポリへ行くも、イタリア判生シラスのかき揚げに出逢い、
あまりの美味しさと懐かしさに、ナポリ滞在中毎日同じレスト
ランに通い、ピザを食べる機会が無かった。

ニースにもヴィルフランシュにもピザ屋は数あるが、ピザの
生地が薄い物が多い。薄くてもそれなりに美味しいところは
あるとは思うが、ヴェンティミリアのピザ屋を知って以来、
フランスのピザ屋には全く行かなくなった。

初めてこの店に行った時、国境を越えると、ピザがこんなにも
違う物か、と驚いた記憶があるが、此処はナポリピザ!
同じ街でも、此処は特別と後で分かった。

何が違うか?
ピザの生地の感触が他では味わえない、もちもち感があり、
所謂「イタリアン、ママ!」の懐かしさを感じ、豪快である。
日本の焼きもちを食べる感触!と、言えば近い表現だと思う。
此処を知って以来、ピザはヴェンティミリア!と、国境の街まで
わざわざ行くようになった。

ヴェンティミリアの中心部より海沿いに向かい、川向こうの
旧市街地で、橋を渡ったその正面のにある。
いつも観光客ではなく、常連客が多い事に驚く。
日によっては、予約しないと座れない。

その名も「La Vecchia Napoli」
私達の行きつけの、ヴェンティミリアのピザ屋である。
(月曜日ー休日)
posted by ケイコ&マイカ at 09:24 | Comment(8) | TrackBack(2) | 喰処

地球は我々の助けなど必要としない

ちょうど一年程前のことです。
私達の仕事先の一つであるジェノバにある自然派ワインを取り扱っている会社で、実質的な経営者である二人の兄弟と話しをしている時のことでした。
この兄弟お兄さんは機知に富んだ雄弁家、聞く人を常に魅了する方で、弟さんは全くの堅実派で、皆の信頼を集めています。

いつもの通りお兄さんが凄い勢いで喋りまくっている時に、
「私達も地球を救わなくっちゃと思って色々やっているだけど」と言った私に、弟さんが静かに一言言ったのです。
「地球は我々の助けなど必要としないよ」と。
脳裏に「ガーン!」と突き刺さるようなこの言葉、とても説得力があり、私の考え方が変わりました。

地球を救おうなんて、人間の思い上がりさ。
こんな小っぽけな我々に本当にそんなことができると思うの?
大体、そんなことをしなくたって、もし我々が馬鹿なことをし続ければ、ある日地球は嫌気がさして、「いい加減にしろ!」とみんな振り払うだろう。
自然治癒のために、振り出しに戻そうとして。
地球にはそれぐらいの生命力がある。
それに比べたら人類なんて微々たる存在、その歴史なんて一瞬のできごとでしかないのだから。
放置された葡萄畑がすぐに大自然に取って代わられるのを見ていると、本当にそう思う。
そして、それが自然で、しかたのないことなんだ、と。

「ただ自分の子供達がこれからそんな時代に向かって行かなければならならないのかと思うと、本当に心が痛む…。」

私達にできるのは、「地球を救う」ことではなく、自らを、そして子孫を救うために「今までに犯してきた罪の償い」でしかないのかもしれません。
地球は美しく優しくとも、自然が厳しいものであるように、そんなに甘いものではないのかもしれません。
posted by ケイコ&マイカ at 03:15 | Comment(2) | TrackBack(2) | 風貌語録

2007年01月17日

機材はデジタル、人はアナログ

写真機材をデジタルに移行して、早一年が経ちました。

以前は、素粒子の写真がいいとか、結構、表現方法に凝っていたのですが、モンラッシェの本を出した頃から、そういう「こだわり」がなくなっていたので、デジタルへの移行には抵抗感がありませんでした。
むしろ、アナログの技術的な鬱陶しさから解放される喜びで一杯でした。
何故かというと、私の撮るという行為は相手との関わりそのもので、小手先の技術などどうでもよく、(大事な時が)写っていればいいや!と思うようになっていたからです。
「人を撮る」といった意気がった感覚もなくなり、「いやぁ、今日も(被写体にということではないのですが)撮らせてもらっちゃった!」と思えるようになった時から、写っていればそれでよくなったのです。
だからデジタルは重宝しているのですが、でも見方を変えればそれって物凄くアナログ的な発想、つまり私はアナログ人間ってことです。
その証拠に、私はミック ジャガーには逢いたいけれど、マイケル ジャクソンなんかには逢いたくないもの(これはまたの機会のお話!)。
posted by ケイコ&マイカ at 09:06 | Comment(0) | TrackBack(2) | 風貌語録

感慨

 地球全体の生命の将来に関して女性の方がよりよい感性を持っていると言ったら、どうだろうか。
…。
「宇宙と惑星が植物に影響を与えるというビオディナミの考え方が、私にはとても興味深いものに思え、有機農法を通ることなく、ビオディナミを選ぶことにしました。」
…。
「ビオディナミは、医学や生命一般をエネルギーの立場から理解するための一つの方法でしょう。何故なら、人はもうすでに薬だけでは手当ができなくなっているのです。健康であるには、エネルギー的環境も理解しなければならないのです。」
…。
(モンラッシェを)良い時期に味わうためには少なくとも15年は開けてはいけないと…。
「その時、各々が生きてきた過去に照らし合わせて、各々がモンラッシェに対する言葉を見つけられるでしょう。それは本当に感動の一時だと思います。」
 そうこうする間に、ピュリニーの教会の鐘がルフレーヴの蔵の屋根に鳴り注ぐ。ゆっくりと、しかし高らかに。一度鳴る度に、一つの感慨がもう一つの感慨を呼び、更にもう一つを…。
アンヌ・クロードゥ ルフレーヴ談)
(「Le Montrachet」 keiko & maika 著より)
posted by ケイコ&マイカ at 08:31 | Comment(0) | TrackBack(2) | モンラッシェに乾杯!

2007年01月15日

ラックのフェブに涙!

1月に入りこの半月で6個目のラックのケーキを買った。
その内の5個がガレット・デ・ロワ、後の1つがマロンケーキ。
その大きさだって、8人用〜10用と超大型ケーキ!。
その間にちょこちょこシュークリームを買うし、如何にラックのケーキ愛好者であるか、自負しても良いと思う。

ラックのケーキに対する思い入れの深さから、ラックの変化に寂しく思う事もある。
1)クロワッサンが店頭から消えて久しい。
  あんな美味しかったクロワッサン、他に知らない。
2)喫茶コーナーの排除。
  此処でマリアージュ・フレールの紅茶を飲みながらケーキ
  を頂くのが楽しみだった。
3)*ラックの*フェブの種類が変わった。
  毎年1月中に溜まるラックのフェブをコレクションしていて
  今度は何か?と思いつつガレット・デ・ロワを切るのは
  何とも言えない楽しみだったのに…。
  今年は、ラックの宣伝用のタイルか、ラックの名前入りの
  板チョコしか出てこない。
  こんな事って、ないよな〜!
  期待を裏切られたような、寂しさが残った、
  今年の涙、涙の、ラックのフェブになりました。

*ラックはボーリュー・シュル・メールに本店があり、ニースに
支店があるチョコレート専門店、でもケーキが美味しい。

*フェブとはクリスマス用の1月のケーキ、ガレット・デ・ロワの中に入っている、ビックリプレゼント。
これが入っているケーキに当った人は、王冠を冠れる。

写真はこちら
手前5個は2007年今年のフェブで、こんな物はつまらない。
後部は2006年以前のフェブの一部で色々な種類があり楽しい。
戻ってこ〜いよ、私の楽しみよ!
posted by ケイコ&マイカ at 12:30 | Comment(5) | TrackBack(2) | 徒然紀行

2007年01月14日

SINE SOLE NIHIL

フランス語で好きな表現が一つあります。
「Que c'est beau! (ク セ ボー!)」
「ああ、奇麗!(なんて奇麗なの!)」
と、何ら変哲のない意味なのだけど、とても好きなのです。
そして、今日、以前出逢った言葉を再び見つけて、思わず言ってしまいました。
「ク セ ボー!!」と。

数年前に行った南仏のドメンヌの壁に刻んであった「Sine sole nihil(シネ ソレ ニイル)」というプロヴァンス語。
仏語で「Rien sans soleil(リヤン サン ソレイユ」、つまり「太陽無しでは何も存在しない」という意味なのですが、燦々と降り注ぐ南仏の太陽の下でこのプロヴァンス後の音を聞くと、「ああ、生きているんだ!」と、本当に心に響く音です。

私は、方言とかその土地土地の言葉が大好きです。
どこへ行ってもそうなのだけど、その土地に一番似合った音で、調子で、本当に奇麗だと思う。
地元の人達が話す言葉が聞こえてくると、嬉しくなっちゃって、
「今話しているの、ここの言葉?」
と尋ねちゃいます。そして(何を話しているのかなんて全く分からないのだけど)
「奇麗だね!」
と言うと、みんな喜ぶ。

昔、ニースで仏語を学んだ後パリへ引っ越した時に、「何処のPied noir(ピエ ノワール、足黒、北アフリカ生まれのフランス人のこと)だ?」と馬鹿にされたのを思い出します。
でも今となっては、ニースで勉強してよかったと思います。
だって、パリジャンには話せない言葉ができるんだもん!

都会の人は、よく地方から来た人の言葉を馬鹿にしているようですけど、でも本当は、羨ましいんですよね。
母なる言葉を持っている人達が!
posted by ケイコ&マイカ at 12:44 | Comment(3) | TrackBack(1) | 風貌語録

2007年01月11日

私達がニースで唯一行くことのあるお店、LA MERENDA

ニースの旧市街の一角にある郷土料理が売りのこの小さなお店は、仕入れが私達と同じ農家(アラン デュッカスのルイ15世もここ)からなので、素材は間違いなし、安心です。

このお店には以前から独特の風習等言うか慣習があり、
(お店に電話がないので)電話予約なしとか、
やっている印は前の車道に停めてある黒塗りの自転車とか、
狭い店にぎゅうぎゅう詰めで快適さは皆無(時には50x50cmのテーブルに3人掛けのこともある)とか、
メニューは小さな黒板書きを店中回し読みとか、
カードも小切手もダメの現金商売とか、
時間がくれば追い出される2回制の夕食とか、
なかなか楽しいところです。

それに味も確か。

シェフのドミニックはネグレスコ ホテルにあるシャントゥクレールの元料理長で、その当時の給仕長ファブリスと供にこのLA MERENDAを始めました。
ただ、ファブリスはニース人の毒気に嫌気がさし、遂に手を引いてしまった…(分かる気がします)。

結局のところ、ここも日本からお友達が来た時くらい。
何故って…。

まず、料金が旅行者向けで高め!

それにワインが…。
赤、白、ロゼの3種類(銘柄ではなく色での注文のみ)
おまけに、う〜ん、美味しいとは言いたくない!
posted by ケイコ&マイカ at 01:36 | Comment(5) | TrackBack(3) | 喰処

2007年01月10日

前置き

私達は旅が多いため、家にいる時は殆ど外食をしません。
特にニースへ食事に行くことは、まずなし。
何故って、美味しいお店がないから。

旅行客相手に冷凍食品を出しているお店がやたら多くて、そうそう、以前友人がレストランの経営者から聞いた話しだけど、南フランスで有名な「魚のスープ(Soupe de poissons)」など、自家製ではなく冷凍物を使うように衛生局(?)が指導しているので、本物を頂けるお店など殆どないのだそうです!

本来、フランス料理なんて素材の悪さをごまかすような料理だから、私達の「美味しい!」の範囲から最初から逸れます(大体、実際に食べると必ずマイカの体調が悪くなるし)!

和食なら家で食べた方が好きなものを気兼ねなく食べられるので、わざわざ食べには行かないし、中華や韓国料理ならパリで!
クスクスならばチュニジアへ(ニースからなら、飛行機でパリへ行くと同じ時間。チュニジアはフランス人にとって日本人のグアムやハワイのようなものです)!

ただ一軒だけ、「まぁ、紹介してもいいかなぁ」というお店があります。(つづく)
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